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2/15 損得勘定の優しさ

爆弾の雨が降る戦場で強くなってる暇はない。撤退するんだよ。これは作戦だ。

ってツイートがある。大好きな人の言葉。

それでもって何が爆弾で何が試練なのかは他人には分からないので神様は乗り越えられない試練を与えないとかは、自分がそう思うことによって頑張ろうとすることができるのならば自分のためだけに使って、他人には言わない方がいいと思う。その人を見てその人のことを想って言葉を作っているんじゃなくて、ただ自分が思いついた良いことみたいな言葉を良い放った挙句に良いこと言って人を助けた気になってる人間を見ると、あるいは自分がその当事者になると、いやちげーーーよ!ってぶん殴りたくなる。見当はずれなアドバイスや励ましは傷つく。

 

以前はそういう見当はずれなこと言われるといやそうじゃないんだ、こうなんだ、って弁解したくなっていたけれども、今度は逆に、私のことちゃんと見てくれている人は分かってくれるし分かろうとしてくれているからあなたには分かってもらわなくてもいいや、なんて思うようになってきた。

 

人生に必要なものが手に入っていない、或いは手に入る目処のない、そういった余裕のない人間から繰り出される、優しくした方が得だからってところからくる本心じゃない優しさとか、こうすれば(こう言えば)喜ぶんでしょ?って気持ちが見え透いてる優しさに触れると心が冷めたりそんな無理しなくていいよと思う。損得勘定の優しさって分かりやすい。

でも本心の優しさに触れると心が温かくなって満たされるし、どうしようもなく泣きたくなるくらい心が動かされる時がある。

 

とかなんとか書いていたら、1番大好きな女友達から頭のおかしい友達の話のラインが来たんだけれど、3回読み返しても訳がわからなかった。びっくりするような人間ってどの年代にもどの所にも存在しているものだかあ。

 

ラインの内容は、その頭の中おかしい友達の弱さや怠惰を自分のせいにされている、というものと、常に嫌味を言ってくる、というものなんだけれど、自分のダメなところを他人に押し付けるのは本当に頭がおかしいと思う。というか自分の弱いところとかダメなところって、自分が認めなくて誰が認めてくれるの?誰も受け入れてくれないから自分が受け入れて、私はこんなだけどまぁいっかって認めて善処するものなんじゃないの?それを僅かな誰かが偶然、受け入れたり認めてくれることがあれば万々歳だ。でもそうじゃない人間に対して、私がこうなのはあなたがこうだから!云々!は、本当に意味が分からない。自分の弱さや怠惰が招いた結果を、他人のせいにできる図々しさや傲慢さ。自分を過信している。

嫌味を言ってくるという内容に対しては、自分が1番だと思っていたりそう思いたいけど、確信を持てるようなことがなくてどこか自信がないんだろうなと思う。そもそも確信を持てるようなことが何もないのに自信だけ持っているのもおかしな話だ。根拠のない自信を持っていてもいいけれど、根拠のない自信を持っていることに対して自信がないから他人を落とすとか、優位になりたいけどそうなれない苛立ち、滑稽に見える。そういうのって、他人にぶつけてもやっぱり他人は受け入れてくれない。だから自分で認めて受け入れることが1番の救いでしょ。自分は弱くても怠惰でも可愛いんだもの。

 

私も大概頭おかしいけど、他人に自分の頭のおかしさを撒き散らすのは嫌だなー、

頭おかしいなりに謙虚に生きたい。