google1ddf4f7d92ae845a.html

3/31 馴染む

サマータイムになった

本を読んだ。紅茶を2杯飲んだ。ピアノを弾いた。

許されたい。ここにいていいんだって心から思えるようなところに行きたいしそんな場所を見つけたい。私がいることを許して欲しい。

浮いてはいないけど、馴染めていないんだなと思う場所しかない。

私を受け入れてくれているんだ、って思えて安心できるような場所がもう今はない。

例えば友達に誘われて、6人くらいで集まってワイワイしていても基本的に、私はここにいて良いんだとは思えない。ここにいて良いのかなという疑問の方ばかり浮いてくる。他人が私を受け入れてくれているのかわからない。私だけ少し出っ張っているように思う。

どこにいれば疑うことなく安心してその場に居られるのだろう。

たとえば日本にいる時は、同じ門下生の友達と一緒にいる時はここにいて良いんだ、って安心できているような気がする。みんなが私のことを好きでいてくれているのがわかる。だから時々日本に帰りたくなる。

秋から冬に通っていたドイツ語のクラスも、少しはそう思えていたと思うけれど、今はもうみんなそれぞれ、自分の国に帰ったり他の国に引っ越ししたり、バラバラになってしまった。

 

人と関われば関わるほど、関係が深くなればなるほど、

人を信じるのが怖くなっていって、信じていても心の片隅では疑っている。そうして疑い深くなって、被害妄想も過剰になっていく。疑ってしまうような人から離れられれば良いのに、そういかないから苦しい。大好きな友達だから。

まだ17年と数ヶ月しか生きていない中で許されたいとか、安心できる場所を見つけたいとかは大袈裟なのかもしれない。例えば80年生きた中の17年であればちっぽけに思えるかもしれないが、でも私はまだ80年も生きていない。今生きている私の中での問題。