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高等遊民の極み乙女

感情の備忘録

私は最近よく中途覚醒をします。大体30分~2時間に一度程起きて、通話していたら通話が繋がっているか確認します。ザァザァザァザァ____________砂嵐のような雑音が、私に通話が繋がっていることを知らせてくれるのです。ひとりで寝るのは寂しいので通話が繋がっていると安心します。中途覚醒はしますが通話している日はしていない日よりぐっすり眠れています。私はいい子ではないので、深夜でも母や父にバレない通話の仕方を覚えました。

私が中途覚醒する頃には彼はもう寝ているみたいで、呼吸の音は聞こえないですが、時々うめき声やもぞもぞと動く音が聞こえますので、私と同じように睡眠時に呼吸していないだけだと思います。

もう一度起きた頃、空が明るくなっているはずなのに、今日は暗くて。どうやら曇りらしいです。家にいる曇りの日は明る過ぎないのが落ち着くし、空気が静かなので好きです。ですが、曇りは、写真が綺麗に撮れないので時々、困ります。そして、出かける日の曇りは嫌です。雨が降るか降るまいか、空模様の如くモヤモヤしてしまいます。そして、出かける日の雨はもっと、嫌だと思っていました。でも雨の日は、色々な過ちの行為をしてしまっても許されそうなので、雨の日に出かけるのは好きになった、かもしれません。一時の気の迷いを、チョコフォンデュのチョコレートのような空気を、マシュマロのような気持ちを、猫になったと錯覚したような、私を撫でる手つきすら、雨が洗い流してくれ、密室に閉じ込められた私達の様々な音を、雨音が消してくれます。ですが、いくら雨にそれらを流されても、私はそれを忘れることはできませんし、忘れようとも思いません。そうして世界で私達以外、いずれいなくなります。

 

私が大好きなリビングにある、時計の秒針にピアノを弾け、勉強をしろ、本を読め等と焦らされながら私は_______を、時間を浪費しています。きっとこの日々の事を後悔する日は存外近くにやってくると思いますが、この時はインターネットを、することが精一杯だったので後悔する日が来ても、私は私を責めようとはしません。私は永遠に私の見方です。例え私が悪い時でも、私だけは私を水面下で、かつ確実に、肯定しつづけるべきだと思います。

 

積ん読…、買ったものの読まずに積んである本が、私の家にはたくさんあります。全て私の物です。読む気はあります。だから捨てずに積んでいます。そういえば最近本を読んでいませんでした。本は好きです。本を読んでいる間は、汚い世界のことや、自信のない私のことや、不安な人間関係や、光の差さない将来のことを考えず、物語のことだけを考えて時間を過ごせばいいので。

語の主人公に、なった気分で本を読むのは気持ちいいです。本の世界では主人公が絶対なので、主人公に都合の良いことばかり起きます。そう信じています。

でも所詮本は本なので、物語にはいつか終わりが来ます。終わりが来たらまた新しい本を買えばいいです。500ページにも満たない程の薄い本をたくさん読みます。この程度なら1日で読みます。たくさん、たくさんページがあると途中で飽きてしまうし、日を跨いで本を読むと、私の脳は優れてはいない為、物語がよく分からなくなってしまうので。

 

そういった訳で今日は住野よるさんの、よるのばけものという本を読もうと思います。でもそれは、ピアノを弾いて、朝昼夜ごはんを食べて、今日届いたばかりの1週間程待ったラデュレの、マカロンが乗ったアイスクリームを食べて、お風呂に入って、髪の毛を乾かしてから読もうと思います。もしかしたら時間切れで読めないかもしれません。私は4時までに寝ますので。そうしたら気を取り直して明日から読みます。では。