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2/27

なんだか特に書きたいこともなくて、なんとなく放置していたブログなんだけれど定期的に閲覧があるのはありがたいことだなあ。最近友だちがTwitterにビデオ付きで記録をあげているのを見て、なんとなく自分も生活の記録をしたくなった。

ウィーンに住んで1年半の私は2週間前からひとり暮らしになった。料理や掃除はもともと好きな方だし1人も好きだしなんなら携帯で親や友達と連絡も取れるし今のところ特に困ったこともなく、2月下旬の真冬とは違う湿度のような温度のようなものが混ざった強風に吹かれながらも学校に通い、日々過ごしている。

今日は授業があったため8時40分に起きて支度開始。軽く化粧をして学校に行ったけれど今は生活のほとんどをすっぴんで過ごしているせいで手が感覚を忘れるのかあんまり思い通りに出来なかったのと、化粧をした自分の顔に違和感があった。そんなこんなしていたら家を出なきゃいけない時間をとっくに過ぎていて遅刻だわと思いながらとにかく電車乗り場まで、学校まで、急いで走った。夜に太ももが痛くなって、なんと貧弱な脚だろう…という気持ちになった。たった5分走っただけなのに。着いたのは開始時間ギリギリだったけれど先生が来てなかったので間に合った。この授業には同じ門下の特にピアノが上手くて背が高くてかっこ良いなーって思っている韓国人の男の人がいて、ピアノのレッスンが前後だから水曜日も会っているんだけれどまだ挨拶しかしたことなかったから今日は話せたらいいなーなんて思ってたけれど他の子と中国語で話してて入る隙なかった…。前は韓国人の子と韓国語で話していた気がするからどっちも喋れるのかなあ。もう私が韓国語か中国語を勉強するしかないのかとさえ思った。教室に入った私に彼も気づいてくれたので、近くの席に座って結局おはよー、元気?みたいな挨拶だけした。あと今週は先週より人が10人くらい増えていたからか教室の空気が違った。それと先生が窓開けてー!って言った時に席が窓際に近かったから一緒に窓開けた男の人と目が合ったんだけれど日本人ぽかったから次の授業にも来ていたら話しかけてみようかなあ。

私はこの授業を今月から、日本でいう2学期から取りはじめたが既に1学期から続いている授業の為にまだ教科書を持っていなくて、前回も持っている人に見せてもらったので今回は授業中は隣に座って彼に見せてもらった!今日の授業ちょっと難しかったし出された宿題も難しくて大変だなぁって思っていたら授業終わってから、どう?大丈夫?って聞いてくれたの!あと教科書を、事務の人に言って貰った方がいいよ!とも教えてくれた。レッスンも英語で受けていたし、今はまだあんまりドイツ語ができないみたいなんだけれどその中で知ってる言葉を使って話しかけてくれた彼の優しさにウッキウキになった。帰りはキャシーっていうカナダから来た同じ方向の女の人と話しながら帰った。

家に着いてポストを見たら両親が日本から鯖やさんまの味噌煮とかのパックや私が食べたかったイカ系のおつまみとか本とかを入れて送ってくれた荷物が今日16時半から取りに行けますよーっていう伝票が入っていて嬉しくなった。ピアノ弾いたり友達と電話しながら昨日の夜多めに作っておいた鶏肉とジャガイモの甘辛煮と茹で卵とお味噌汁でお昼ご飯食べた。

その後は先週あたりから頭痛吐き気倦怠感が酷くて、薬を飲んだけれど辛かったので少し横になった。熱もないし鼻水が出るわけでもないから風邪とは違う気がするんだけれど眠るわけでもなくベッドに入っていると怠けているみたいで自分に辛くなった。友達が体調悪いんだから仕方ないよって言ってくれたから少し心が楽になった。こんなに体調不良が続くことないから大丈夫かなあ、まさか何かの病気じゃないよねなんて、一度気にし始めるとどんどん身体の不調とか痛いところとか出てきて嫌になる。って落ち込んでいたら母から着信が来てちょっと話した。体力的には全然元気だったから郵便局に荷物を取りに行き3kg分の段ボールの入った大きい鞄を肩から下げて帰宅し、せっかくだしと思って全部並べて写真撮って大満足。早速ずーーーーーーっと食べたかったさきいかと、KitKatの苺大福味も入れてくれていたからほうじ茶と一緒に飲食した。ほんと美味しいよね日本のお菓子って。この時点でもう18時を回っていたしお昼の洗い物もしてないしご飯作る気力もなかったから今夜はお米だけ炊いて、送ってもらった食品の中から鯖の味噌煮とサンラータンのスープを選んで超手抜き夕食。ちょっと足りなかったから豚汁も飲んで、ゆっくりだけれど落ち込みが回復してきた。

辛いことや苦しいことに目がいきがちになってしまうけれど今月の始めに日本から小学校の頃の同級生が遊びにきてくれたり、久しぶりにコンサートに行って感動したり、昨日も2020年になってから1番嬉しかった出来事があったり、今月は楽しいことや良いことがたくさんあった気がする。今はコンサートがある夏の終わりまで、後悔しないようにやり切りたいなって思うばかり。

12/17

去年と全く同じ場所にいたとしても、自分の気持ちとか状況とか隣にいる人とか何もかも違うんだなって思った。当たり前なのかもしれないけれど実感した。写真とか動画とか、視界に入るだけで傷ついてしまうから消せなくて仕方なく残してあるようなものをちゃんと消せるようになった時に一歩進めたのかなって思う。

11/3

1つ上の階に住む年下の男の子の部屋でバイオリンとピアノを合わせて遊んだ帰りの深夜にスタンドライトの明かりだけで読書していてふと、完璧だと思った。本当に完璧に絶望している。絶望している私が持っている本は既に複数回読み返している。何度も同じ本を読むのは嫌いじゃない。200ccしか入らない小さなグラスにはホットミルクが入っていて、注いだラムの香りが部屋中に広がっている。

誰かのようになりたいと思ったり、なろうとするのをやめたい。私は誰かではないのだから誰かのように動いたところで当然噛み合う訳もなく。もっと私が私でいてもいいと思えるように、誰かにとって、私には私なりの役割や立場があるとちゃんと理解して、それを忘れないで行動できるようになりたい。分かっているはずなのに、時々忘れてしまう。その度に失敗したと感じる。私はたった1人なのに他の誰かのように振るまってしまいたくなる。なぜかは分からない。自分のことが好きじゃないからと考えるのが一般的な気がするけれど、文にするほど自分のことが好きじゃないというわけではない。よくできた人間だとプラカード下げて歩けるほどでもないが、17年と11ヶ月生きてきた自分だし。自分のことはそれなりに好きだし嫌気が差すときもそれなりにある。嫌気がさしているときに他の人間になりたがったりするのかもしれない。私は私を見捨てることができないしきっとしない。何回も絶望してきたし、きっとこれからも何回も絶望するし、ずっと引きずるし。それでもより良い私、より良い人生であろうともがくしかないんだと思う。誰かのようにならなくても良いと、分かれるような私。死ぬ直前にこれをしておけば良かったと後悔しそうなことをしているときは良い時間だ、という文章を見たことがある。そう思う。この文章を見てから良い時間を、良い人生を生きていると思えている瞬間を自覚するようになった。コンサートハウスに3日連続で通ったり、街の教会を巡ったり、往復1万5千円でイタリアに行ったり。

だけれど私は自由になったことなんて一度もないような気がする、自由って才能だと思っている。才能とは、我慢とか犠牲とか自分の希望や意思とは関係なく襲ってくる日常の喜怒哀楽とか、あらゆる抑圧の中ですら、例えばスポーツや音楽や芸術に対してたゆみない努力ができることなのかもしれないと思っている。自由と才能と努力はセットなのかもしれないとも思った。私は抑圧されたことはほとんどないが、自由にもなったこともあまりないと思う。自由にピアノが弾けるとか、地面を走れるとか、バドミントンができるとか絵を描けるとか踊りを作れるとか。何か1つのことに対してとてもたくさんの努力ができたら、いつか自由になれる日が来るかしら。生まれてからずっとそれを探している気がするわね。

10/27 交響曲

オペラやリサイタルを数百円単位で観聴きできるのって日本にいた頃じゃ全然考えられない。

ピアノは今年で12年くらいやっていることになり、クラシックもそりゃ好きだけれど。

近所の同じ幼稚園に通っていた男の子のお母さんから紹介された徒歩3分のピアノ教室に通っていただけだったのに。父親が仕事に行った後の土曜日の午前に起きて布団の中でDSをつけてポケモンを開いて少しプレイしてから起き上がって、今度は楽譜を開いて数分さらってからピアノに出かけていただけだったのに。今となっては私の家からピアノの先生の家まで飛行機と車で12時間くらいかかるしDSは6歳下くらいの同じ門下の小学生の女の子にあげたし私は朝寝坊だし。

少し前まで自分を救ってくれる音楽はやっぱりバンドやシンガーソングライターが奏でるギターと歌がメインだと思っていた。

ロックは歌詞があって直接的過ぎる、クラシックくらいわかりにくくて間接的な方が良いと前に誰かが言っていた。

この半年でオーケストラやピアニスト、指揮者、あるいは作曲家というものは明確に私の救いになった。最近は大体週1~3くらいで行っている。1年前の私からは考えられない。もう1人でも行き慣れたmusikverein。国立歌劇場で観るオペラはまだ友達と行きたいと思うし行く日はちょっと気合いを入れる。オペラを観るのはかなり体力を集中力を使うと思う。

でもmusikvereinで、あるいはkonzerthausで聴く救いの音楽は、むしろ1人でその空間にいるのが好き。

こちらにいる人たちは日本人より見知らぬ他人と話すことに慣れている気がする。私はもともと日本でもあまり抵抗がなかった。どうせその時その時の関係だし。そういうことはウィーンに来てからはより多くあるけれど、毎回自分の拙いドイツ語に申し訳なくなってしまう。でもうん、うん、って聞いてくれるふと知り合った隣の人のおかげでもっとドイツ語を勉強しようとも思える。別れてからいつも、名前を聞いたりFacebookを聞けば良かったと後悔するが、次の瞬間にはまあ別にいっかと思う。

今日は隣が音大生で今日のプログラムの1つかつ私と同じ曲を練習している子で、その隣がIch liebe Musikと3回くらい言っていたおばさまだった。世界的な指揮者とオーケストラとピアニストがあわさった演奏に、何も言葉を出せなかった。過ぎ去る音を忘れまいと数秒前を反芻して、この素晴らしく幸せな空間に居ることしかできなかった。アンコールを終え拍手を終え満たされた気持ちでいたのに。

私は時々忘れてしまう、幸せの後には必ず何かショックなことがあるのだと。ただ逃げることしかできなかった。早く忘れたいのに、私は知っている、忘れたいと思うことこそが、忘れるに1番遠いこと。1番覚えていること。落ち込んだって命取られるわけじゃないけれど、死ぬ方がよっぽど良いのかもしれないと思うことだってあるんだわ。

なんて思った数分後、今度はまた会いたかったけれどLINEも名前も知らなかったあの子に会えて、あぁこの時ここにいてよかったと思った。上がって下がってまた上がった。と数行前の話をしたら彼女の旦那さんに交響曲みたいだねと言われて、私は交響曲が好きだからそれなら幾分か良く聞こえるので少し喜んだ。ちゃんと名前を聞いてLINEを交換してまた明日、一緒にリサイタルに行くのが楽しみ。

それでも1人になるとちょっと胸が痛くて、乗り換える駅の一駅前で降りて30分位歩いて帰った。今日が今年最後の気温20度台だったと思う。夜でも、薄手のコートを着てる私にちょうど良い気温だった。数十分前の強い衝撃に対して私は泣き出してしまうかと思ったが、実際は一粒の涙も出なかった。でも泣くとだんだん冷静になってきて、なんでこんなことで泣いているんだろうと思うようになり気も晴れるのに、泣けないということはそれもできない。泣けばスッキリすると分かっているときに泣けないのは、何より悲しいと思う。

久しぶりに文を書きたいと思った理由がある。私はピアノのリサイタルを聴いてると、いつもCDやYouTubeで聴いてるピアニストが私の目の前で弾いているんだという事実になんとも言えない気持ちになる。この気持ちを心の中だけじゃなくて、目に見えるものしたかった。

簡単にいうと、宇宙を感じてしまう。CDの中から、再生している携帯の中から彼ら彼女らが飛び出してきたように思うのに、彼ら彼女らがここで演奏しているのを、私は客として僅かでもお金と時間を捧げて聴きに来たのだ。当日17時半の電車に乗ってチケット売り場に行って立ち見7ユーロで。彼ら彼女らも人間なのだ。演奏している人間の人生とか、ここの会場で演奏することになった経緯とか、どのように話が進んだのだろうとか考えてしまう。この日まで、何を食べてどのように練習して来たのか。なぜこのプラグラムなのか。本当にあの瞬間は宇宙だと思う。私がピアノを習っていなかったら、あるいは途中でやめていたら、私がウィーンに来ていなかったら、あるいはこのコンサートに来ていなかったら。クラシックが、ピアノが私の救いで良かった。このおかげで幸せだと思える事実が増えるし、私を幸せにしてくれるものが増える。幸せになるのは素晴らしいことだと思う。拠り所は多い方が良いとよく言う。自分を満たしてくれるものは多い方が良い。

8/9 冷やし中華

暑過ぎる、の一言に尽きる。外へ出るたびに毛穴が全開、ドロドロの汗で顔面がドロドロになる。風があるのは嬉しいが、前髪が崩れるのでプラマイゼロ。

日本は湿気がある、海外はカラッとしてる、ってよくいうけれど普段ウィーンに住んでいて日本の湿気を体感することがないから本当か?と懐疑的になっていたところがある。

でも先月ウィーンから日本まで飛行機で約12時間かけて帰ってきたときの1番最初の感想が湿気が酷過ぎる、だった。湿気からくる暑さとはこういうことかと思った。全然違う。ウィーンも湿気あるし(笑)とか思ってた頃の私もいた。でもこの日本の湿気舐めてたほんとに。羽田空港の中心で土下座しそうになった。

麺類嫌いな私でさえ明日のお昼は冷やし中華かうどんにしようと夜眠りにつく前にベットの中で考えるくらいだもの。この前近所にあるカフェで食べた茄子と海老の冷製パスタも美味しかったなー。

昨日のお昼はピアノのレッスンの後にセブンで冷やし中華買って食べた。からしがツーンとして涙が出たのを水で流し込んだ。

具はセブンの方が好きだけどハムは前食べたローソンかファミマ(家から行きやすいのは前者なので確率的に多分前者)の方が美味しかった。

今はとりあえず近所のラーメン屋さんのつけ麺が食べたい。

因みに麺類は嫌いというわけじゃけれど食べると胃が痛くなるので主食の選択肢にほぼ無い。この夏を除いて。

8/7 虫除けスプレー

帰って2日目で1週間強ほど体調不良になってしまい、眠れる時に眠っていたらもうずっと0時に寝て9時に起きるような生活をしてない。遮光カーテンだから何時に寝ようとしてもだいたい暗くて睡眠に適している。

多分お寿司を食べた時に入っていたイカアニサキスがいたのだと思う。真夏のお寿司っていかにも食あたりしそうだし。私はウィーンにいる間殆ど魚を食べないし、生モノなんてもってのほかだ。アニサキスじゃなくても多分何か食あたりしたのだと思う。ところでアニサキスとか菌とか調べた時にそれらの画像出てくるの正直ちょっとやめてほしい。ゴキブリのCMの時にゴキブリの画が出てくるとか内科系の病気のことを調べてる時に原因のブツが映ってるとかと同じだ。準備も整わないうちにいきなり視界に飛び込まれると目に悪いし心臓にも悪い。

 

だいたい日が昇る直前か昇ってから眠っている。ここまで来ると時差ぼけとかいうより生活習慣が終わっているだけな気がする。

4時から5時の間に寝ればいいと思っているし、最悪5時から6時の間でもいいかなとも思っている。逆にこのままでいればウィーン帰った後も時差ボケに苦労しなさそうだなとか。

 

日付が変わる前の昨日は夕方頃に友達と待ち合わせして公園で歌を歌っていた。お腹が空いて駅前の居酒屋で軽く飲み食べし公園に戻りもう1人の友達と1人はじめましての女の子と4人で歌っていた。3人とも作詞作曲をしていて新曲とかを聴かせてもらった。みんな歌が上手いしギターも上手い。ひとつのことをめちゃくちゃ頑張っている人のことを見ると敬意が湧いてくる。

 

手持ち花火もドンキで売ってたものを買った。友人の1人がセロハンテープでまとまっている花火をそれから剥がすのが面倒臭い!と言って、全部まとめて火を付けていたのは今思い出しても笑いがこみ上げてくる。ちょっとした火事みたいだったけれどまあみんな無事。実際はただ燃えているだけのように見えたけれど動画で見るとちゃんとそれぞれの花火の色が出ていて綺麗な瞬間もあった。

私の家は神奈川県でも1番海に近いところにあるためこの都内にある公園から遠くその分都内や都内寄りの埼玉に住んでいる人と比べて終電も早くなるので、夜に集まるとすぐに解散することになってしまうのが少し惜しい。

虫除けのためにめちゃめちゃ身体に塗ったサラテクトの匂いが鼻にずっと付いていると思ったが、最寄駅に着いたら潮の匂いの強いことに驚いて、いつの間にか忘れていた。

5/27

孤独との付き合い方がよく分からない、これから生きていく中で分かるようになっていけるのかも分からない。

 

子供時代とか学生時代とか十代とかのうちに手に入れられなかったものに人は執着するみたいな言葉をよく聞く、

今までの自分の人生に後悔はあんまりしないようにしているけれど、子供で学生で十代の今の自分に足りてない物とか今のうちにしか手に入らないのに手に入れられなかった、手に入られそうにない物、それがだいたい何か分かっている、これからそれに執着して生きていくのか〜と思うとちょっと怖い。意識的には執着しないで生きていきたいと思ってはいるけれど。

 

私が孤独や絶望に苛まれている間に、私ことを傷つけたり悲しませた人たちが私にないものを持ちながら楽しそうに生きているのが時々悔しくなる。