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高等遊民の極み乙女

感情の備忘録

通路

、ゆら、ゆ、ら。ゆら、ゆらゆら、がたごと、がたごと、ふわわわわ。

私と母親は西新宿駅に向かうために電車に揺られていて、お腹が少し、空いている。西陽が私の顔や携帯の画面へと刺さる。眩しいねアリス。ふわふわシフォンのワンピースはお腹いっぱいになっても不格好にならないから、黒いヒールは脚が細く見えるから、アクセサリーは、Tiffanyのネックレスをつけて。お化粧が上手く出来たけれど、こういうのは親友と会う時やデートの時に上手く出来て欲しい。私がお化粧が上手く出来たな、と思う時は、薄くはないお化粧だけれど、ケバくは見えない時に、今日はうまく出来た!と思う。andymoriをBGMにして丸の内線に乗り換えた。暇なので周りをそれとなく見回している。隣の女はTwitterを開いていて、私の向かいには品の良さそうなおばさまがいる。東京ってビル多いし人も多いし怖いな。東京って怖い。新宿なんて、臭いし汚いし下品だ。もう新宿には二度と行かなくてもいいや。一生新宿には行かないことにした。嘘だけど。長い連絡通路を歩いていて、長い連絡通路は抜け出せなくなりそうだから小学生の時から嫌いで、出口を見つけてホッとした。ヒルトン東京に着いた。

歩きスマホは良くない。やめます。

無関心 散文

この時間になると全てのことがどうでも良くなってきてしまう。ひとつまえの日記で精神が元気になるとか言っていた私はどこに行ったのか私も知りません。全てのことが、何もかも、全部、どうでも良くなってきてしまう。何しても何も満たされない。もういい加減生きるのに飽きたし、救って欲しい、救われたいと思う。助けて欲しい。生きるのに飽きてきた。1日遊んでも結局また今日から普通の日々に戻るわけだし。もうこうやって生きていくの飽きたな。自分で、私は生きていていいと思えるようになりたいけれどそういう日は来ないと思う。一生こうやって私は何で生きているのだろう、私は生きているべきではないと思い続けながら、それでも生きていくんだと思う。

確実に冷めていってるし、色々なことがどうでも良くなっていくし、読まないまま放置された本も、片の付かない部屋も、永遠と箪笥に仕舞われている服も、どうでも良くなってきてしまう。もう一生このままでいいと思う。もう一生、ここから出なくていいとすら思ってしまう。ゆっくり確実に冷めていってる、と思う。何かに焦がれるような、熱意が、ない。ただただ、ただただ無関心になっていく。それでも好きな人のことは好きだとは思うし会いたいとも思しLINEの返信もしてほしいと思うのだから、本当に虫が良すぎるな。無関心なのか無関心じゃないのかはっきりして欲しい。けれどひとつ分かったのは、前程他人に期待しなくなったのかも知れない。いや、やっぱり分からないけれど。

というか私は元来人や物や歌やSNSなど様々なことに対して無関心になることがあまりないので、無関心になることは、やっぱり怖い。無関心になったら何もかも終わりそう。死にたいと言ったり終わるのが怖いと思ったり、本当に私は、虫が良すぎるな。言うことがコロコロ変わる。なるべく他人の言動に振り回されたくないし、他人が何か言っていてもあまり深く考えずに他人が何か言っているなと思う程度の人になりたいけれど、君に一方的に好かれたいし。期待して落ちるのは怖いから、期待しないようにしていて、でも期待しちゃう時もあるし、やっぱり私は、人間には興味があるし関心があるし好かれたいし好きになりたいんだなという結論に達しました。

でも、きっとそれ以外は、今は、なんか全部どうでも良い気分で、出掛けたりおしゃれしたり化粧したり、全部面倒くさくなってきた。買い物とかしても「こんな顔でこんな可愛い服着れない」と思ったり、「太ったから全然何もかもダメだ…洋服が可哀想だ…」と、虚しいだけになってきたし、旅行とかの写真をInstagramに上げても、買い物をしても、「私はこんなに自己顕示欲や承認欲求が強いの!見て!」と表しているようで虚しくて、実際それなのだけれど、惨めだし恥ずかしい。さっき買ったお洋服や本に対して、「君たちはなんでここにいるんだ?」となっているし、夕方食べたアイスに対して、「また余計なもの食べてしまった、また肌を荒らしたり太らせるようなことをしてしまった」となっているし、私自身に対しても、「そもそもなんで私は生きているんだ?」となっている。割りに、今日の夜に行くヒルトンのディナービュッフェは楽しみだし。まあ深夜だし、疲れているだけかもしれない。寝ればきっと治っているので、もう考えることをやめようと思います。良い夜を。

本屋

今日は1ヶ月と11日ぶりに親友と遊んだ。楽しくて瞳孔開きすぎてよく覚えていないのと、文章にせず心に留めておきたいので、親友と遊んだことはすっ飛ばすことにする。私は普段女の子の友達と遊ぶとどうしても精神を消耗させてしまい、精神的に疲れてしまうので正直億劫で仕方なく前日にドタキャンしようかいつも迷うくらいなのだが、親友と遊ぶと身体的には疲れていても精神的には全く疲れないし、むしろ元気になるくらいで、親友と遊ぶのは本当に楽しいし、心の底から楽しみだと思える。

今日は親が二人とも私より帰るのが遅いのに私は家の鍵を持ってくるのを忘れた。親友は塾なので先にバスで帰って、私は駅直結のルミネみたいな、ラスカという名前のビルで時間を潰すことにした。私がこれから弄ぶのは1時間。カフェに入ろうかと迷ったが甘いものの気分ではないというか、今日散々甘いものを食べたので、5階の本屋に行った。本屋に行ったら欲しい本が沢山あるのを思い出した。私は百田尚樹の小説が好きで、久しぶりに彼の小説を買おうとしたら1番彼の小説が多く並べられていた時よりも随分少なくなっていたので驚いたのと、少し寂しい気持ちになった。「モンスター」を買おうと思っていたのに並んでいなかったので諦めて、取り敢えず倉狩聡の「かにみそ」を手に取ったのだがそこで初めてこれがホラー小説なのだと知った。ホラー小説なんて普段は買わないけれどたまにはいいかな。そして次に、山田詠美の「放課後の音符」を買おうと思っていて、これが何文庫か調べたら新潮文庫と出てきたのでそこのコーナーに行こうとしたら、ここの本屋には新潮文庫が無かった。今思ったのだけれど、普通にここに並んでいる文庫の作者のあいうえお順から、山田詠美があるか見つければ良かった。まあここの本屋にはいつでも行けるし、次覚えていたらそうしよう。並べられている本達をざっくりと見ていたら「試着室で思い出したら本気の恋だと思う」を見つけた。これもほしかったのを思い出したので迷わず手に取った。ああ、このタイトルはルミネの広告だっけ?良いタイトルだな。今日は幾つもの服を試着した。「この服を着てあの人に会いたい」そう思える人がいるのは良いことだと思う。そういうこと思っている時のきみの顔は、かわいいね。最後に江國香織の「落下する夕方」を手に取った。前から、すごく前から江國香織を読みたいと思っていて、でも何を読みたいとかは特になくて。タイトルと表紙に惹かれて、吸い寄せられる様に手に取った。

レジのおばさんの顔はかなり疲れているように見えた。あとファンデーションが白すぎて幽霊みたいだ。否、こういうこと言うのは良くないな。この人は優しい人だろうから心が疲れてしまうのかも知れない。そう邪推しておく。1時間経ったのか、と気づいたのはお会計を済ませた後父から家に帰ったと連絡があったからで、父に駅までのお迎えを頼んだ。こうして私は、本を3冊手に取るだけで1時間をいとも簡単に潰せてしまうことが分かった。どうせなら駅とか人が多いところではなく、駅の大通りを外れて裏路地の一角に誰もが素通りしてしまうくらいひっそりと営まれている様な、奥にはヴィンテージ物の重厚感ある茶黒の色の横長で手すりが渦巻いていて猫足のソファと、それとセットのローテーブルがある様な、そういう静かな本屋で1日を潰したいところだ。

私は朝10時に起きて軽く身支度をし日焼け止めを塗って本屋に向かう。気温は18度、よく晴れていて空が高い。11時頃についたらもう本屋が開いていて、扉を開けて愛想の良い店主ににこにこと出迎えられながら大きな本棚へと向かう。400ページほどしかない知らない作家の文庫本を何となく買ってお会計を済ませ、奥のソファに浅めに腰掛けてその本を開く。本屋の客は私しかいない。途中で深めに腰掛けて、そうして40分程読み進めていたらいい匂いがして。本から顔をあげるとローテーブルにあったのはマイセンのカップに注がれていたコーヒーと、マイセンのお皿に乗せられているフィナンシェがあった。更に視線を上げると店主の奥さんが目尻にシワを作っていて、ああ、サービスしてくれたのだと気づく。ひとこと礼を告げてフィナンシェを齧るとふわっふわで温かい。手作りらしい。甘めのそれと深いブラックコーヒーがよく合っている。お菓子作りやお料理が好きみたいで、この奥さんの手料理が毎日食べられる店主が羨ましいと思いながらコーヒーカップをソーサーに戻し再び本に視線を落とした。

次に本から視線を上げた時は、家を出た時の天気が嘘の様に雨が降りはじめていて。雨宿りついでにまだここにいなさいな、とコーヒーのお代わりが注がれた。ありがたい。相変わらずお客は私しかいない。私は最後の一口となったフィナンシェを勿体ぶりながら、口の中に放り込む。

本を読み終える頃には雨は上がっていて、屋根から雫が滴っている(ポタ__ポタ__)

結局今日のお客は私だけだった様だ。

すっかり長居をしてしまったことに謝罪をすれば2人共は声を揃えてまたおいで、と言ってくれて、嬉しくなった。奥さんにフィナンシェのお土産を頂いたので、家族で食べることにする。そうして私はまた必ず来ることを約束してそのお店を後にした________。

 

 

 

 

などと考えていたら普通に日付けが超えていた。さすがにそろそろお風呂にお湯を溜めないとな、と思ったところで大好きなミュージシャンがツイキャスを始めた通知が来たので、お風呂はもう少し後にする。後この日記結構沢山書いたと思ったけど文字数そうでもなかった。

日記

深夜にパスツレラ症にかかった友人と通話しながらイニシエーション・ラブを読んだ。3年くらい前にくりいむしちゅーの有田がしゃべくり007でオススメをしていて、それを観て2年くらい前に買ったのだが随分長い間放置していた。読み終わる頃にはパスツレラ症にかかった友人は既に寝ていた。ネタバレにならない程度に感想を言うとsideAとsideBがあって、Aのほうは純愛って感じでよかったけど、Bのほうは胸糞というか泥沼って感じだった。まあ何でそうなのかは読めば分かります。あと全体的に話がセックス!!って感じだった。まあこれも読めば分かるしこの程度の感想を知ったところでどうこうなるわけじゃないので私の主観でネタバレではないと判断しました。起きてからパスツレラ症にかかったこの小説を前に読んでいた友人に小説の不明なところをちょいちょい解説してもらった。まあなかなか面白いというか想像以上にトンデモな小説だった。2回読みたくなるの意味もわかった。

最近本を読みたくなっている。精神が不安定になると何も考えられなくなるので、文脈などをいろいろ考えてしまうため小説や文字が読めなくなる。つまり本が読めるということは心が健康なことだ。まず読んでいないまま放置していた小説を読み終えてから、4ヶ月くらい前に叔母にお小遣いとして5000円を頂いたのでその5000円で本を買おうと思う。買いたい本のリストアップもした。日を跨いで同じ小説を読むと内容があやふやになってしまうのでだいたい1日で読み終わる長さの本しか買わない。長くて3日で読み終える。私は1日に読書に費やせる時間はこれでもかと言うほどある。そう、Twitterしている時間とかテレビ観ている時間とか。とにかくピアノを弾いている時間とその他の生命や生活を維持する活動をしている時間以外は自由だ。

基本的に買いたい本ってあまりなくて、というかどういう本があるのかとかどういう本が面白いのかとか、疎い。インターネットで調べるにしてもなんて調べればいいか分からないし、インターネットで調べてもあてにならないことが分かった。なのでとりあえず行きつけの本屋に行って面白そうなものを数冊買う、という方法でいつも本を買っていたが今回はたまたま読みたい本がいくつかある。まあ行きつけの本屋なんて格好つけたが最寄り駅の駅ビルにある川上書店と最寄り駅の隣の駅ビルにある有隣堂だが。

江國香織とか山田詩美とか読みたい。自己啓発系の本を最近はよく買っていたがそういうのじゃなくて単純に物語が読みたい。

 

昨日は歯医者に行くために銀座に行った。朝起きると部屋に雨音が響いていたから雨なんだと察する…いや、雨どころじゃない。雷雨のようだ。

私の最寄り駅は最短で銀座から1時間6分かかるので銀座の歯医者に行ってると言うと驚かれる。まあやりたい矯正がそこしかなかったので仕方ない。が、あとから私の最寄り駅にも同じ矯正ができるところがあると知ったのは偶然親友もそれをしていたからで。

私と母は歯医者に行くというのにかこつけて銀座に行くことが好きだ。いつもご飯を今日はどこで食べようかと相談している時間は楽しい。美味しいものを美味しいねって言いながら食べるのが好きだ。買い物などもする。デパートの品があって綺麗な店員さんに煽てられると母はだいたい上機嫌になってくれていろいろ買ってくれるので助かる。でかけた後の私達の腕には複数の買い物袋が必ずといっていいほどある。昨日は銀座シックスにある銀座大食堂でお昼ご飯を食べた。仕事の出来そうなOLさんがひとりでカウンター席でご飯を食べていた光景に私は格好いいなと思った。その後中村藤吉のお店に入ったが私の好みの味じゃなかったのでもう入ることはない。そもそも抹茶とかお茶がそんなに好きじゃなかった。あと和の素材を使って洋のお菓子を作ることの意味が分からない。和の素材を使っているなら和のお菓子を作る方が美味しいと思う。マクロビオティック料理本を立ち読みしたらお野菜やお豆腐を使ったお肉風の料理やレシピばかりだった時みたいな違和感を覚える。私の親友のように中村藤吉が好きな人もいるのでここらへんにしておく。

歯医者が終わった後もう2ヶ月位ここに来ることはなくせっかくだし夜ご飯を食べようということになったがまだ時間がかなりあったのでzaraで買い物をした。黒いレースの襟付きのワンピースを買ってもらった。今はハイネックが流行っているのか分からないが可愛いと思ったデザインは大体ハイネックだ。私はVネックのように鎖骨や首周りが開いている服が好きだが首周りがピッタリしている服やハイネックを買うことが増えた。

その後母親が通販で買ったらしいファンデーションがあまりに酷いので母親の新しいファンデーションを買うために三越に行った。母親は化粧品に疎いので私がセレクトした。zaraからは銀座シックスのほうが近かったがあそこの化粧品フロアはひとつひとつのブランドのスペースは大きいがあまりブランドが入っていなくお目当てのブランドがなかった。ALBIONのスマートスキンベリーレアというファンデーションは面倒くさがりな母親でもきっと使えると思ってBAさんにタッチアップしてもらった。BAさんに煽てられた母は機嫌が良かった。そのまま下地やらパフやらも買っていた。サンプルをたくさんもらった。ケースと中身がバラ売りなのってなかなか詐欺なところあるけど、それって中身をリピート買いされるっていうブランドの自信があるんだろうな。

1回トイレに寄ったら人が誰もいなくて、誰も来なそうになかったのでおばあちゃんが一昨日お小遣いをくれたのでお礼の電話をした。おばあちゃんと話すといつも涙が出るが母の横なのでそれを堪えた。冬におばあちゃんの家に行きたいと言ったら冬は寒いだけだで風邪引いたら困るから春においでと言われた。おばあちゃんの家は青森にあって、春は弘前城の桜が綺麗だから。弘前城の桜は実は1回も見たことなくて、見たいと思っていた。きっと近くに住んでいる叔母に車で連れてってもらうのだと思う。だから春に行くことにした。

三越の8階に行って香水を見ていたら私達母子をハーフか何かと勘違いしたのか外国に住んでいる人と勘違いされたので気分が良かった。

そのまま三越の11階で中華を食べた。最近よく中華食べている。ザクロのドリンクを頼んだら下にザクロの種が入っていた。少し食べたら美味しかった。大人の味がした。まだお昼ごはんとデザートがお腹に入っていたが食事を目の前にすると関係ないな。フカヒレ餃子と小籠包とはちみつりんごで焼いたスペアリブと春巻きをぺろりと食べたあと小さなデザート盛り合わせを食べた。流石に少し苦しかった。そうして私達は銀座の街を後にした。家についてからハーゲンダッツソルティバタービスケットと父が仕事の人からもらったどら焼きのあんバターを食べた。

ここ数週間くらい甘いものをずっと食べていたので甘いものを少し控えようと思う。甘いものや添加物は身体に悪いし肌も荒れるし何より太るのが嫌だ。太っているのは不快だ。私の1日の食事は大体600キロカロリーで、甘いものを毎日食べても絶対摂取が消費を上回ることはないので食べても平気なのだが、それと関係なしに砂糖は太るだろうし、太りそうと思うことすら嫌だ。10月頭にはライブ遠征兼旅行で大阪に行くし12月もクリスマス会と室内楽のコンサートでドレスを着るし、痩せているに越したことはない。あと単純に痩せていることは快感。というわけで、食事が面倒くさかったのもあるが今日はこの時間までまだ何も口にしていないのでこのまま断食することにした。今まで食事していた時間を日記に費やせるのは良い。生命を維持するためだけの食事に時間を取られないのは良いことだ。生命を維持するためだけの食事は本当に億劫で面倒だ。断食するといつもそう思う。

もぐら

部屋の窓のすべてのカーテンを遮光カーテンに変えたらいつでも朝5時みたいな暗さになって驚いた。遮光カーテンってこんなに暗くなるんだね、知らなかった。ピンクの遮光カーテンにしたらラブホみたいな雰囲気になった。ラブホ行ったことないのでわからないが。土の中にいるモグラになりそう。そのうちモグラになると思う。あと全然起きれなくなった。常に暗いから常に夜だと脳が勘違いしそうだ。それで夜は電気をつけるから明るいし。昼夜逆転しないように気をつけよう。一昨日は3時間しか寝れなかったから今日なかなか起きれなかったのはその反動だったのかもしれないけど。

最近ピアノくらいしかしていない。ピアノが特別好きなわけじゃないし音大に行くわけでも留学するわけでもないけど、弾いてる曲が難しくて吐きそうだし、その曲をクリスマスの発表会と春の発表会で弾くことを色んな人に知られてしまったからには完璧に仕上げなくてはいけない。そうでなければ私のプライドが許してくれない。今まで私が楽しむためだけにだらだらと簡単な曲ばかり弾き続けていたのに一昨年くらいからいきなり他人に聴かせるための難しい曲を弾きはじめて、ま~~~なかなか思い通りにならない。全然仕上がらない。良くなったかと思えばすぐよくなくなる。でもこれを弾きこなせたら絶対かっこいい。だからやるしかない。練習し続けなくてはならない。まあ徐々に弾けるようになってきているのは楽しいし。ピアノの先生にも本当によく弾けるようになったね、すごい、って褒められることが増えたし、こんなに指回るなんて知らなかった、とも言われた。他の人にも、__ちゃん音変わったね!とかこんなに凄い曲弾けるんだね!とか言われるのも、嬉しい。嬉しいことがあると頑張れるし、悔しいことがあるとそれにも突き動かされる。そうやってバランス取っている。立ち止まりそうになったら悔しかったことを思い出すとまた歩めるから。それでいいと思う。私のモチベーションの上下はジェットコースター並だ。いきなりやる気が出たかと思ったらある日突然やる気がなくなって、またやる気が出る。いや、ジェットコースターより酷いかもしれない。ジェットコースターはいきなり上がったりはしないから。あ、そういえば八景島シーパラダイスにいきなり上がっていきなり落ちる絶叫マシンあったよな。そう、私のモチベーションの上下はアレだ!

ついでに私はもともと生きることに対するモチベーションが低くて、死なないように、本当にやりたくないことはできないしやれない仕組みになっている。学校とか。関係ないが私は、私の2年と3年を担任してくれた先生が先生として好きだった。彼のことを時々思い返すと涙が出る。私は先生公認の不登校で、2年は5回ほど、3年になってからは1回も教室に入らなかった。たまに近況を知らせになんとかルームとかいう教室とは全く違う相談室的なところに行っていた。私の学校は数百段の階段を登って教室に行くが、その半分くらいのところに相談室だけポツンとあるのだ。周りから私が学校に行っているとバレにくい。学校に行くのは首を吊って死のうとしたほど嫌いだが先生と話すのは好きだった。先生に何しているの最近、と言われてもその頃は引きこもりだったので何も答えられない。いつも、家にいるとだけ言っていた。何がなんでも高校に絶対行かないって言っても先生は私を責めたり、行こうよ、とか行ったほうがいいよ、とは言わなかった。ただ、何か勉強するとか、資格を取るとか、何かに夢中になるとか、そういうことはした方がいいよ、とだけだった。先生に、私の愛してやまないミュージシャンのことを話したことがある。先生はそのミュージシャンを知らないが、私の話をずっと聞いてくれていた。もう会うことはないのかもしれないと覚悟していた卒業の日、私が先生に放ったありがとうの声は掠れていた。母親や先生の前で涙をこらえるのに必死だった。学校に行かなくて済む、行かない学校に学費を払っている罪悪感、学校を休んでいる罪悪感をもう持たなくていいと考えると本当に清々しかったが先生にもう会えなくなるかもしれないことだけは本当に辛かった。たまには遊びに来てねとは言われたがあの学校に行くことは人生で二度とないだろう。でも、久しぶりに先生に連絡はしようと思う。室内楽のコンサートに12月に出るから、その事でも話してみようかな。先生は何度か私の家に来たことがある。先生と親が話している先生の前で途中私がピアノに行くために家を出たこともある。きっと先生は私が何かに熱中していることに喜んでくれると思う。あわよくば私のピアノを聴いてほしいとすら思う。先生のことを思い出して意図せず涙が止まらなくなっているが、泣きたくない時にこんなにボロボロボロボロ泣ける私を見るとホッとする。最近は化粧品にも愛してやまないミュージシャンにさえも何もかも無気力になっていた。すっきり泣けているのですごくすっきりした気分になった。私はちゃんと嬉しい楽しい苦しい辛い寂しいが心に残っているみたいでまだ大丈夫みたいだ。先生への気持ちは寂しさだ。

逆にやりたくて仕方ないことややりたい衝動にかられていることはやらないと気が済まないし絶対やる。いやこれただの感情で動くだけの人間にすぎないのかもしれないけど。精神的に辛いことがあった時の過食とか。だからピアノがやりたくなくなったらやらない。やりたくなったらやる。

そういえば今日もパパの仕事関係の人やおばあちゃんからもらったお菓子をたくさん食べた。どら焼き3個とゴーフレット2枚とパイ3枚。お菓子断ちしようと思っていたのに、アホだ…でも美味しかったしギムネマも一応飲んだので後悔してない。というか自分で買わないような質のいいお菓子は美味しい。自分で買うけどアイスクリームもやめられない。ハーゲンダッツとクレミアとmowとGranとラデュレのアイスと板チョコアイスは本当に最高。基本的に乳脂肪分の高いアイスクリームは最高。日本だと食べられないけどDEMELのアイスも最高。アイスクリームは毎日食べられるくらい好き。コンビニに寄るといつもハーゲンダッツ買ってしまう。

 

2週間前からインビザラインで矯正をはじめた。最初の4日位は痛くて痛くて何もできないくらい痛かったがそれを過ぎた途端いきなり痛みも何も感じなくなった。歯がマウスピースに収まってる感じだ。と思ったら最近やたら飲み物が特定の歯にしみる。私は喉がすぐ乾くし矯正しはじめてからそれに拍車がかかったのでこれかなり辛い。今日丁度歯医者に行くから先生に言って見ようと思う。

矯正をつけた私の口は矯正をつける前より酷くて正直外出られないし泣いてるが、1日4時間以内なら外してもいいし8カ月の辛抱だ。口元さえ引っ込んでくれれば少しマシになると思う。引っ込んだ分人中が伸びるのはそれはそれで辛いが引っ込んでいないより全然マシだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何もないよ^_^

私は最近よく中途覚醒をします。大体30分~2時間に一度程起きて、通話していたら通話が繋がっているか確認します。ザァザァザァザァ____________砂嵐のような雑音が、私に通話が繋がっていることを知らせてくれるのです。ひとりで寝るのは寂しいので通話が繋がっていると安心します。中途覚醒はしますが通話している日はしていない日よりぐっすり眠れています。私はいい子ではないので、深夜でも母や父にバレない通話の仕方を覚えました。

私が中途覚醒する頃には彼はもう寝ているみたいで、呼吸の音は聞こえないですが、時々うめき声やもぞもぞと動く音が聞こえますので、私と同じように睡眠時に呼吸していないだけだと思います。

もう一度起きた頃、空が明るくなっているはずなのに、今日は暗くて。どうやら曇りらしいです。家にいる曇りの日は明る過ぎないのが落ち着くし、空気が静かなので好きです。ですが、曇りは、写真が綺麗に撮れないので時々、困ります。そして、出かける日の曇りは嫌です。雨が降るか降るまいか、空模様の如くモヤモヤしてしまいます。そして、出かける日の雨はもっと、嫌だと思っていました。でも雨の日は、色々な過ちの行為をしてしまっても許されそうなので、雨の日に出かけるのは好きになった、かもしれません。一時の気の迷いを、チョコフォンデュのチョコレートのような空気を、マシュマロのような気持ちを、猫になったと錯覚したような、私を撫でる手つきすら、雨が洗い流してくれ、密室に閉じ込められた私達の様々な音を、雨音が消してくれます。ですが、いくら雨にそれらを流されても、私はそれを忘れることはできませんし、忘れようとも思いません。そうして世界で私達以外、いずれいなくなります。

 

私が大好きなリビングにある、時計の秒針にピアノを弾け、勉強をしろ、本を読め等と焦らされながら私は_______を、時間を浪費しています。きっとこの日々の事を後悔する日は存外近くにやってくると思いますが、この時はインターネットを、することが精一杯だったので後悔する日が来ても、私は私を責めようとはしません。私は永遠に私の見方です。例え私が悪い時でも、私だけは私を水面下で、かつ確実に、肯定しつづけるべきだと思います。

 

積ん読…、買ったものの読まずに積んである本が、私の家にはたくさんあります。全て私の物です。読む気はあります。だから捨てずに積んでいます。そういえば最近本を読んでいませんでした。本は好きです。本を読んでいる間は、汚い世界のことや、自信のない私のことや、不安な人間関係や、光の差さない将来のことを考えず、物語のことだけを考えて時間を過ごせばいいので。

語の主人公に、なった気分で本を読むのは気持ちいいです。本の世界では主人公が絶対なので、主人公に都合の良いことばかり起きます。そう信じています。

でも所詮本は本なので、物語にはいつか終わりが来ます。終わりが来たらまた新しい本を買えばいいです。500ページにも満たない程の薄い本をたくさん読みます。この程度なら1日で読みます。たくさん、たくさんページがあると途中で飽きてしまうし、日を跨いで本を読むと、私の脳は優れてはいない為、物語がよく分からなくなってしまうので。

 

そういった訳で今日は住野よるさんの、よるのばけものという本を読もうと思います。でもそれは、ピアノを弾いて、朝昼夜ごはんを食べて、今日届いたばかりの1週間程待ったラデュレの、マカロンが乗ったアイスクリームを食べて、お風呂に入って、髪の毛を乾かしてから読もうと思います。もしかしたら時間切れで読めないかもしれません。私は4時までに寝ますので。そうしたら気を取り直して明日から読みます。では。

学校に行きたくない

月曜から金曜まで学校や仕事で面倒臭さとか眠さとか気怠さで死にそうな思いしながら通勤通学して、やっと土曜日だー!休みだー!とか、帰宅して、家着いた!!ヨッシャア!!だらけてやるぜ!!みたいな、日々気持ちの切り替わりがある事が、羨ましいってたまに思う。

まぁ所詮はないものねだりなだけで、実際は学校や仕事は面倒臭いに限るんだろうな、って周りの友人や中学不登校から全日の高校を受験した友人と言葉を交わしているとよくわかる。特に中学不登校から全日の高校に行った友人たちは休みがちになっているようで、彼ら彼女らが決まって言うのは「不登校が全日の高校に行くなんて無理があった…」だ。本当に一字一句同じなのだ。全日じゃない高校を受験した友人も程無くしてやめた。不登校じゃない友人も学校は嫌がっているし、学校ってやっぱり大変なんだなと思う。長い間学校に行ってないとふと何故か無性に学校に行きたくなる時があるが絶対行かないほうがいい。学校で過ごした中で楽しかった思い出もあるから凡庸なニート生活の中でそれらを思い出すのかな。でもやっぱり絶対行かないほうがいい。学校なんて私は絶対金輪際行かない。私は親が行かなくていいと言ってくれたのでそれに甘えているが、本当に受験すらしなくて良かったと思う。受験して仮にも受かったところで行けないのでお金の無駄に過ぎない。私がまた学校に行くなんて考えられない。ついでに言うと小さい頃からずっと自分が定職につくことも考えられなかった。中学不登校の私が毎朝満員電車に揺られて会社に通勤なんて無理だ。中学の登校時と同じじゃないか。うげげええええ。

こんな感じの私は祝日も土日も全然嬉しくない。むしろ出掛けても人多すぎで混みすぎてるから、どこも空いてるしひとりの時間が多いから平日のほうが好き。フットワーク軽いけど引きこもりだからね。土曜日はママもパパも仕事とパートで夕方までいないけど、家族三人が朝から揃う日曜日って何すればいいのかわからない。家族の仲がよくないから、ずっと気まずくて肩身が狭くて窮屈なまま、適当に起きて何もせず、気がついたら16時半で、パパは買物に行って、18時になって微妙な空気で3人で顔を突き合わせてご飯を食べて、またまた微妙な空気でテレビ観て、やっと夜が来て、眠る。そういう、ただただ苦しくて、時間が過ぎるのを待つ、遅くに起きるから脳に鈍痛が走り怠くてピアノもあんま触らないし家族の前でピアノを弾くのは恥ずかしいなあ。そんな日っていうイメージしかない。